2017年02月28日

ぼんちゃん、さようなら。〜完結編〜

続きです。

ちなみに
完結編と書きましたが、この2か月の間の思い出とかはまだこのカテゴリに書くので
あくまで亡くなったくだりの完結編という意味です。


点滴をしてもらってもまったく回復がみえなかったのを機に、
注射点滴治療を打ち切る決断をし、
もう自分からゴハンを食べにも行かないのでこれからは、
「食事」はペーストフードを指で与えるのみになりました。

それと、獣医さんが「水も、少しでも味やカロリーがあるほうがいいかも」と言っていたので
ものすごーく濃く煮出したかつおだしをアイスキューブにして、
毎日3個分ぐらいずつスポイトで飲ませることにしました。
寝床のすぐ近くに飲み水も置いていたので、
ときどき暖房で暑くなったときなどは、起きて自分で飲みにも行っていました。

トイレについては、2月に入った頃からときどき間違えるようになったので
(間に合わなくてお漏らし、というのではなく、思考が衰えて違う場所をトイレと思ってしまっている感じ)
朝と夜に抱っこして連れて行き、
帰りは自分で歩いて戻るようにさせていました。

指で食べさせるのも、気管に入ったりするのも怖いので
数時間おきに少しずつやり、
1日トータルで大さじ2杯分くらい?はなんとか飲み込んでいたと思います。


点滴から4日ほどは、そんなかんじで
「ごく低空飛行の小康状態」を保っていたのですが

24日は会社に行かなくてはならなかったので。


休もうかとも考えたのですが・・・
「じゃあ、いつまで休めばいいのか?」
「どうなれば、もう会社に行っても大丈夫ということになるのか?」
という問題に突き当ると、
やはり、生活がかかっている以上
いつかはここも決断しなければならない時があるわけで。

朝、トイレを済ませゴハンとかつおだしをやって
寝床に電気あんかを仕込み、寝床のすぐ脇に飲み水を置いて
エアコンの暖房もつけて出かけました。

会社に行くと、11時間は戻れません。
だから、せめてすぐ近くの水は自力で飲んでくれと
(朝のトイレからも自力で歩いて寝床に戻っていたので)
なかば賭けのような気持ちでした。


しかし

帰宅したら、もう完全に寝床の中で
これはもう動けないなとわかる状態で、グッタリしていました。
前日までも、買い出しなどで数時間家を空けることはあったのですが、
あきらかにそのときの帰宅時とは様子が違いました。

おそらくもう、日中寝ている段階でも
「のどがかわいたから水が飲みたい」とすら考えられないぐらい
意識が薄れたままだったのだと思います。

目も大きく開いたままで、瞳孔が開いていましたが
元気な時のようにまっ黒ではなく、
開いていてもその眼にはなにも映していないなというのがわかりました。

顔の下のザブトンに染みが広がっていたので、頭を持ち上げると
顔の向きを変えられないまま口の端からヨダレが流れ続けてしまったようで、
下になっていた側の顔がヨダレでベタベタになっていました。

タオルを濡らして顔と手をきれいにしてあげて、
もう姿勢を変えるのもつらいかもしれないから元どおり寝かせ
顔の下に乾いたタオルを敷きました。

もうさすがにゴハンは無理だろう、と
スポイトで水を飲ませたら、
急に、動かないはずの手足を苦しそうにバタバタ動かしはじめたので
もう水さえも受け付けないのかもと思い、やめました。
幸い動きは数秒で止まり、まだ呼吸もしていたので
それからは、水はほんの数滴ずつあげることにしました。

あきらかに、今夜が峠だろうなという気がしました。
冷たいようですが、それならそれで明日以降(お弔いのスケジュールを)
どうするか考えなくてはなりません。

エアコンを切ってストーブをつけ、部屋が暖まると
それまでよ〜く観察しないとわからないぐらい弱々しかった、呼吸によるお腹の上下動が
安定して大きくなってきました。
やっぱりこんな状態でも、あったかいほうが調子は良くなるんだなあと
今さらですが思いました。

でも一晩中ストーブをつけているわけにはいきません。

ブログやマンガエッセイなどで、飼い猫の最期の様子を発表している人って
たいてい、最期の晩は寝ずに付き添って見届けていますけど
ぶっちゃけ、「独り暮らしで会社勤めで生活ギリギリ」っていう人は
そうはいかないのが現実だと思います。
(独り暮らしで生活ギリギリのくせに猫飼うな、というご意見は受け付けません。
それをわたしに言うならその前に多頭崩壊したり間引き殺ししたりする奴全員に言ってこい。)

自分も疲れていたので、ストーブを消し
また寝床に電気あんかを仕込んでやって、床につきました。

でもやはり、いろいろ考えなければならないことがあったりで眠りが浅かったのか、

ぼんちゃんが、口をぱくぱくさせて歯をギシギシいわせる音で目が覚めました。

↑この音は、最初に点滴をしてもらって以後初めて自分でゴハンを食べることを再開したときから
なにか口にものを入れるたびによく出していました。
歯周病が悪化しているのかと獣医さんに訊いたら、
「食が細くなってくるとよくあるので心配ない」とのことでした。

のどが渇いたのかな、と思い
水を数滴、口に入れてやりました。

すると、

ギシギシは止み、「ごくっ」と飲み込んだあと
ほんの少しだけ、手足を痙攣させました。

それから、

「プフッ」というかんじで音を立てて
口から大きく息が漏れました。

いろんな人の書き込みで、猫が息を引き取る間際の描写として
「大きく息を吐き出した」という表現は目にしていたので、
ああこれがそうかな、と思いました。
息を吐いたというよりは、臓器の中に残っていた気体が抜けていったというかんじでした。

それが、間隔を空けてけっこう長く続きました。
正確には数えてなかったけど、10回くらいあったかな。

2分ぐらい経っても次がなかったので、
ああもうこれで、体の全機能が停止したのだと思いました。
時計を見たら、3時半でした。


医者でもなんでもないわたしが決めることではないですが、
いつが「ぼんちゃんの最後の瞬間」だったかというなら
水を「ごくっ」と飲み込んだときだったように思います。
それ以後のは単なる、体の構造的な反応で。


弱ってきて以降は寝ていても、あまりしっかりまぶたが閉じていることがなく
おそらく顔の皮の水分が減って、まぶたを引っぱる力も弱っていたのだと思いますが

・・・死に顔は目を閉じていてほしいなあ、とずっと思っていたので(笑)
痙攣が始まったあたりから、何度も指でまぶたを閉じさせていて
それで、動かなくなったときにはなんとか目を閉じさせていることができました。
元気な時の寝顔と変わらず、なんだか安心しました。


動かなくなったことを確かめる意味も込めてお腹に手を当て、
お礼とお別れを言いました。



・・・それでも席を立ってまた戻ってきたりすると、
ずっとお腹の上下動に注目し続けていたせいで
なんだかまだ動いているようにも見えてしまうので、
1日ぐらい待ったほうがいいのかなあ、
死後硬直って死後いつからいつまでなんだっけ、
とかいろいろ考えつつ

とにかく翌日も会社には行くつもりなので
本来起きる時間まで、少し寝ることにしました。

でも結局ほとんど眠れず、目覚ましが鳴る前に起きて
寝床に寝かせたままのぼんちゃんを見に行くと、

もうけっこうしっかりかたくなっていました。

自慢の長いしっぽも、だらりと置かれたままのかたちで
ワイヤーのようにかたまっていました。

あ、こんなにはっきりわかるように表れるんだ、
たすかるなあなんて思いました。
1日心配しながら待つ必要がなくなりました。


段ボールにクッション材と新聞紙を敷いてぼんちゃんのぬけがらを入れ、
気温の低い場所に移してお弔いの準備だけして
いつもどおり会社に行きました。
暑い時期じゃなくてよかったです。

藤子はいつもどおり自分の穴倉ベッドで寝ていて
朝わたしが起きているのに気づくなり、元気全開でゴハンをねだり
ガツガツ食べた後はいつものように、意味もなくわたしについてまわったり
外にいるサビ子に話しかけたりストーブの前でごろんごろんしたりと、自由でした。


2001年の夏に、いっしょに実家から出てきたユキちゃんが亡くなり、
その約1か月後に、縁があってぼんちゃんがうちに来ました。

まだこの世に出てきて2か月かそこらの小さい猫は
今までこの家で何があったかなどいっさい気にもせず自由に家じゅうをとびまわり、
消えていった命のことなどじっくり思い出すゆとりもないぐらい
目が離せない、慌ただしい毎日がやってきました。

藤子を見ていて、忘れていたそんなことを思い出しました。
・・・猫ってすごいな。





あそこでしか切りようがなかったんだけど(汗
クソ長くてバランス悪いな(笑)すみません。
読んでくださってありがとうございました。


さいごのツーショット.JPG


↑さいごにぼんちゃんを撮った写真。2月23日。

もっと、ナイロンの毛みたいにツヤもまったくなくぱっさぱさになっちゃうかと思ってたけど
意外にさいごまで、ボディもしっぽもツルスベだったの(笑)





ニックネーム 山田理矢 at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | ぼんちゃんのシルバーライフ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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